大学2年の卒業設計日記

一番若い卒業設計と言われる5年生の高専の卒業設計。その一年前の現在から考えてる設計のほわほわした案をみなさんと一緒に学びつつ、(いろんな)刺激を受けたサイト・本・動画etc…をついでに紹介していきます。【不定期21時更新】

リスペクトから生まれる次世代のデザイン Clink!=Clip+Link

snize.jugem.cc

今日はこちらのお話です。画像は引っ張ってこれないのですが、このゼムクリップは〈Clink!=Clip+Link〉という織咲誠さんの作品です。

 

この作品から伝わる「物質量やコストによらない利」が明確に表現されています。「物質量やコストによらない利」とは織咲さんがデザインするうえで提唱している一部で、今回の場合実態とする線・針金自体は変化せず、無駄な要素は一切加えられていません。その代わり+αとしてゼムクリップの線としての構成を組み直して〈引っ掛ける+挟む〉を生み出したのです。

 

最近、生き物をモチーフにしたようなゼムクリップなどがあります。それ自体は否定しませんが、ゼムクリップそのもののデザインに対してリスペクトが感じられない点が目立ちます。本来利便性を追求した機能美に複雑に絡まり合ったデザイン性がここまで利用されてきた価値のあるモノであったはずです。その性質を崩されてしまっているのは違うのではないでしょうか?

 

またこのクリップはシチュエーションがはっきり見えるのがポイントです。次世代が活用するコンテンツとして、需要を目的としたデザインを前提とするのではなく、生活に需要を見出させるデザインをすることがこれから求められるデザインではないでしょうか。(商品化されてんのかな…)

表現者、清竜人。若干26歳の音楽とは?

なんかインタビューのタイトルみたいになりましたね(笑) すみません。

今回は表現という観点で私が最も理想とする歌手(普通にファン笑)、いや表現者 清竜人を考察していきます。

 

ざっくり紹介すると、15歳で自身のオリジナル楽曲を制作し、デビュー前にもかかわらず多くの音楽関係者が注目する。2009年にデビュー。現在までに6つのシングル、7つのアルバムを輩出し、音楽の多様な表現を魅せる。でんぱ組.incももいろクローバーZ、堀江由衣に楽曲を提供し、提供側のファンからも高評価を受けている。

 

といってもよくわからないと思うので、こちらをご覧ください。



とても分かりやすくまとまっていますね。他の楽曲も一部ですが公式にアップロードされています。



初期アルバムのPHILOSOPHYから3番目のアルバムのPEOPLEの変化は清竜人の変化の兆候だったんですかね(笑) 初期のアコースティック調の切ない音楽性から人間味あふれる幸福論をポピュラーにした音楽は他のインタビューで語っていたのですが、PEOPLE自体が竜人さんの意思で作られたものではなかったようです。

 

それでもあのような幸せが溢れる作品ができるのは、4番目のMUSICが先の構想としてあったからかもしれません。5、6番目のアルバム以降は感情を爆発させた自分の音楽を突き詰めた作品が続きました。そして現在のユニットグループが生まれたわけですが…。

 

これまでの曲を聴いて分かること、竜人さんもインタビューでおっしゃていたが、初期アルバムから現在の楽曲まで清竜人の本質は何ら変わっていないということ。コンセプト自体に変化はあるもののどの楽曲をとっても清竜人ということが分かるのです。

 

自身の髪型の変化から分かるように飽きっぽさの性格もありますが、表現者としての核が強固なものであるからこそ、人に魅了させる力を持っているのだと思います。

 

MUSICにおいては味つけ自体(MUSICにおける一曲ずつの編曲)は他人におもいっきり投げ、その帰ってきた音楽さえ楽しむというのも表現者としての幅を広げるということで素晴らしいと思います。自身は全体像はある程度想定したオファーで想定内に収まっていたと語っていました。

 

清竜人がその作品を私がやる意味を見出しながら制作しているとおっしゃているように、私自身も(基本、個人的感情を作品に持ち込む場合は個人作品に限っていますが)作品を制作するときは、私が今やる意味と《時間の提起×表現×人間思想》を自分の核に持ちたいと思います。

 

(私も飽きっぽいから竜人さんの生き方は人生の先輩です…)

世論と建築家はニーズの狭間で戦う。

こんばんは。さて、Introductionのまとめです。f:id:BAquavit:20160502131408j:plainf:id:BAquavit:20160502131411j:plain

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と言われています。そのスマートフォンを…

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イエに置き換えてみたらどうでしょう?

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というように置き換えれるとき、

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このようなカタチでAmazonで販売できる未来が来るでしょう。

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地域特性とは…

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というように個人でデザインできるとき、

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自分のデザインで多くの人が共感し、販売できるかもしれない。

もしかしたら建築家も参入して…

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こうなるかも。

でもそれは建築家側からしたら望まぬ世界。

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せめぎ合い、戦う。

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※多少図が変わっています。概念的な部分は何度も再考していますので変化します。注意してください。

This question,please answer this question!

お久しぶりです。こんにちは。今回は卒業設計の続きをお話しします。

 

さて、タイトルが今回英語ですが意味はお分かりですよね?

どういうことかというと…

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 実際にこのような世界になってしまうと完全個人主義が進み、コミュニティさえ架空空間に求めてSPB内で生活が収束するのではないか(少し過激な思想ではありますが)という、恐れがあります。

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 そのような生活から脱することが出来るのか、建築家(今回は私がその建築家役も務めさせていただきます)がSPB自体の開発及び販売はもう止められないという前提でスケルトンの案を製作します。

つまりこの個人の力が加速し続ける今、建築家はコミュニティという要素を世論に贖って提案しているのか・世論が受け入れるように提案しているのかを浮かび上がらせることもできる。

 

ある意味世論と建築家の対決なのかな…?

 

次回はゼミの先生が言うここまでのIntroductionのまとめです

Amazon新機能:プライムラジオを考える。

今回配信する予定のなかった記事です。

 

Amazonがプライム会員向けに新サービスを開始しました。その名は『プライムラジオ』。サービス詳細はページ下のリンクに書いてあるので、そちらを見ていただければ分かるのですが、Amazonの既存サービス、Prime Musicが配信する100万曲以上の中から、利用者の好みに合わせた楽曲をエンドレスかつ、ランダムに再生するラジオステーション機能とその聞く楽曲を厳選化できる機能もついている。

 

このサービスを聞いたときにまず、Youtubeの『「次の動画の再生」に知らない間に飛ばされて、新しい楽曲、アーティストを発見する』ことを思い出しました。

 

あの『次の動画の再生』自体を検索すると自動再生のON/OFFについての記事、否定的な記事が多いですが、私自身はたいへん好きなシステムです。個人的には音楽の知見拡大や再生回数が伸びてきている動画に移動されることによるアーティストの発掘があり、それ自体が楽しいのです。

 

実際にその機能で《清竜人 さめざめ DAOKO Charisma.com 水曜日のカンパネラ etc…》を知ることができ、今では作業中はエンドレスネットサーフィンですね(笑)

 

そんな話はさておき、今回の一番のカギなるのは、自動でユーザーの趣味に合いやすい楽曲が流れるようになる点でしょうか。一見新しい発見を推奨しているように聞こえますが、ラジオを聴き続けるとユーザーの趣向という型枠が確立されて、かなり限定されたアーティスト・楽曲に絞られていくのではと感じました。

 

ソーシャリティのようでソーシャルじゃない自分好みのラジオ(?)といったところでしょうか?

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(公式画像ではありません。あくまでイメージです(笑))

 

www.amazon.co.jp

headlines.yahoo.co.jp

アニメーション漫談YouTuber ABTVNetworkをコンテンツというレンズを通して考える。

そもそもABTV Networkとは?

 

普段はアニメーションを用いた漫談を動画として公開しています。また一般企業とのタイアップ動画や技術提供などを含めたYouTubeを仕事にし、実際にVFX(ソフト等ではAdobe AfterEffects、Adobe illustrator)やクリエイターならではの体験記等を動画で紹介しています。

 


[OGGY STAND-UP#1]「失敗男」Vol.191

 

そもそも現在のYouTuberと言われる方は顔出しの「何か面白いことをやってみる」人や、無料有料問わずゲームを実際にやりながら実況する、いわゆる「ゲーム実況」と言われる方が大半を占めています(他にも日常コンテンツの紹介や商品紹介等)。

 

しかし、今回紹介するABTV Networkは独自の技術とアニメーション動画のというコンテンツにより他のYouTuber、サービス型クリエイターとの差別化を図っています。

 

ちなみに通常配信動画がこちらです。

 


最強だったネコ [水曜ネタ#194]

 

また企業側から見れば、視聴する人数が多く(宣伝効果・反響が大きい)、かつ商品をより分かりやすく宣伝できる動画を自ら作れるクリエイターは企業タイアップという観点では、100点の宣伝方法と言えるでしょう。

 

こちらがアース製薬とのタイアップ動画です。

 


はじめよう!蚊の対策~おでかけには 水筒、ハンカチ、サラテクト!~【カラフル家族#30】

 

また新規で商品アピールを企画している企業に対しても、記録として残りやすいYouTubeというポートフォリオは、常にクリエイト型YouTuberがアピールし続けることのできる一種の武器といえます。

 

話が逸れましたが、近年数多くのYouTuberが増加し、コンテンツの争奪戦が繰り広げられている動画共有サービス業界で、なぜABTVがコンテンツ力を維持することが出来るのでしょうか?

答えは実際にABTV側が出したネタ動画にありました。

 


YouTube業界の重鎮 〜不動の地位を得た者達〜[水曜ネタ#188]

 

た、確かに…。やはり先駆者というのはどこの業界でも最強なのかもしれません。サービス産業という、常に独自コンテンツが求められる業界ではYoutubeはかなり強いということは間違いないですし、視聴者のニーズや直接的な意見を汲み取った動画作成は必須になるでしょう。

 

近年のデザインも、実際にデザイン関係にかかわっていない人との共同作品や消費者のニーズを直に反映させた作品が、多く市場に出てきている傾向にあります。デザインやクリエイトすることにおいて『業界をまたぐことによる新しい創造』と『実際に人が見たときにどう評価されるのかを何度も試すこと』がSNS時代のクリエイティブにおけるカギになっていくでしょう。

 

logmi.jp

18歳で製作した Utopia/Dystopia → 20歳が今思う Dystopia

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この作品は今のトップ画にもなっていますが、当時私が18歳の時に作成したコンペディション(公募による建築設計の競技会のことです)作品[解像度83px]です。上の作品少し見にくいので解像度を上げたプレゼン[解像度133px]を下に貼り付けておきます。

 

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当時18歳の私は東日本大震災時に起きた報道の印象が拭えませんでした。東日本大震災の時、学校の入学者説明会の時で、震災の緊急アラートが会場中鳴り響いたことは鮮明に覚えています。少なからずその東日本大震災の影響を受けたのがこの作品です。

(ちなみに審査員の方がおっしゃていたが、震災関連の作品は前年度に比べて激減したらしいです)

 

内容はプレゼンを見てほしいのですが、伝えたかった内容としては阪神淡路大震災東日本大震災で死因としてあった家具の倒壊による、圧死等の危険性を表現したかったのです。なので文中では「家具の倒壊」を二次災害・三次災害として表現し、我々が引き起す人的災害であることを強調しました。

 

そこでプレゼンには、災害のリスクが建造物には無いように設定し(津波でも沈まない)、我々の家具の高位置化・私利的増加を批判する作品を作りました。(一種のminimalistの肯定)

 

建築の作品としては全くと言って意味がない作品ですけどね(笑)

 

なぜなら、これは何か新しい解決案を提案するわけでも、人間にプラスの要素を与えているわけでもないですからね。ましてや、住居が『沈む』という死に直結する『Dystopia』(ユートピアの反対の世界)を提案するのは建築の理念に反するものです。

 

しかし、もう少し読み込むと住居の規則に従えば、災害から100%身を守れる『Utopia』でもあることが分かります。ある意味二面性を持っていますね。

 

しかし、この作品以来建築の世界では受けないなということが分かり、Dystopiaを表現するのは止めました。

 

今回改めて20歳の自分がプレゼンを見て、 Utopia/Dystopia の中の Dystopia がだいぶ先行して印象を受ける、と思いました。それほど Dystopia の伝える強さが巨大であることに気が付きました。

内容としては  Utopia/Dystopia の二面性があると思っていましたが、実際のところ人間の時間経過による災害意識の低下により、結局『沈む』気がします。つまりどう転んでも『Dystopia』ということです(笑)

 

話は変わりますが作品の性質上、ストーリー形式にする必要はなかったと当時は思いました。しかし、ストーリー形式は見る者を当事者にし、災害や生活に対して再考する機会を与えるための適した手段であることが分かります。

 

この作品で再考した結果、『問題をデザインする』『Dystopia の表現の可能性』に気づくことが出来ました。(一応この話はこの卒業設計にもつながっていきます)

 

何かタメになるプレゼンではないですが、何か感じ取っていただければ幸いです。