芋焼酎(建築学生)

以前は卒業制作に至るまでのストーリー?的な感じでしたが、今回二度目の卒業制作ということで、建築に関係のないことを色々やっているうちに自分が何なのかわからなくなってきた苦悩の日記に成り果てました【不定期21時更新】

「技術」を「ワザワザ」と読むことで何が見えるようになるのか

最近1泊2日で韓国仁川にあるカジノ「パラダイスシティ」に行ってきた。そのカジノの内装や空間構成、賭博という「遊び」から生まれる、プレイヤーの振る舞いが今読んでいる『プレイ・マターズ 遊び心の哲学 (Playful Thinking) 』の内容とリンクするところが多かった。またその話は次回以降にしたい。

プレイ・マターズ 遊び心の哲学 (Playful Thinking)

プレイ・マターズ 遊び心の哲学 (Playful Thinking)

  • 作者: ミケ?ル・シカール,松永伸司
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
  • 発売日: 2019/04/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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話が変わり、もう10月の話だが、U-35で展示が行われていた佐藤研吾という建築家が、滋賀県大のDANWASHITSUでレクチャーを行なってくれると聞いた。そのため日帰りでまたしても県立大学を訪問した。


『技術を「ワザワザ」と読むこと』

という全体テーマで話が進み、
・生産過程と成果物との不可分な関係
・あらゆる技術を平等に眺める
・モノの成り立ちに伴う複数性

・active archive amateur   荒地/遊び
・ヒトとモノが共同で繋ぎ、作り上げる(アクティブ)+作り上げられたもの(アーカイブ)

など様々な副題がスライドに移された。

その後は大玉村の歓藍社やインドの学校でのプロジェクト、Project in Santiniketanなどの事例を紹介していた。

 

それぞれ話を聞いていたが、仮説に基づいた建築設計の論的な話はあまり出てこず、意外と実体験に基づいた「経験」→「建築という職能のあり方」に着目した話が多かった。滋賀県立大学らしさというか、芦澤ニズム(?)を言葉の節々に感じてしまう。(もちろん悪いとは言ってない)

 

佐藤氏はインドを含め、農村など過疎地域での活動が目立ち、「ムラ」という孤立、現代の日本における建築家の有り様を考えさせる言葉も多かった。

「ムラ」の中における建築家は、食を、農作業を、寝る場を共に作る、つまり共生を「しなければならない」環境に身を置く、村民の1人と言える。つまり「ムラ」の中では、家や物の作り手である大工と建築家が同じ「ムラビト」でかつ「ムラ」の中でも役割が近い。一方で、ものづくりに対する思考が違うため、制作プロセスが複雑になるが、より近い存在で制作を共にするため、良いものが生まれるのだろう。

 

しかし現代の建築家と大工(作り手)には制作ということに関して大きな隔たりがある。佐藤氏はその隔たりの理由を自身のブログでこう書いている。

昨今の建築における現場と設計の隔たりは、もちろん契約や保証、法規に関する問題からくるものでもあるだろうが、やはり建築を構成する部品のほぼ全てがプレファブリケーション、現場外での工場生産によってなされるようになったことがその問題を大きくしているのではないか。工場生産された部品群の現場での組み合わせはほとんどガンジがらめのルールにしたがってやらなければいけない。既製品の組み合わせの工夫自体が昨今の建築設計の内実となってしまっている状況があり、設計が選んだ既製品の組み合わせ作業が現場の仕事となっている。

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第33回 : ギャラリー ときの忘れもの

そのため、作り手と設計者が近接しながら適度な距離感をもつ1つのやり方として、金物など建築の一部となるものを建築を構想する者(設計者等)が制作することや、大工が考えられる余地を残す設計を佐藤氏は実行している。他にも

インドでのプロジェクトなどはなおさらだ。たとえ現場に関わることが難しいプロジェクトであっても、何かを作って現場に運び、現場への支給品として納めることもできる。設計図面の納品、および現場監理という仕事とは他の形で、その建築の質なるもの一端へ関与することができる。

佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第32回 : ギャラリー ときの忘れもの

と述べている。

 

金物などの話は建築規模が大きくなればなるほど難しい話にはなるが、このような小さな技術や手間(ワザワザ)を設計~施主の間や物と人の間に挿入する事で、より自分(設計者)にとって作品という存在を近いものにする方法とも言える。

 

佐藤氏の作品を見ても、1つの物において、両者が対等に制作する為に、その制作物における制作プロセスやパーツ(佐藤氏はパーツに重きを置いている)となるものをさらに制作する事で、理論と実践を上手く作品に補完できるのであろう。

 

大分更新が遅れたけど、次は現在京都市立芸術大学作品展が2月にあるので、それに関することを書けたらなと…。会場は芸大と崇仁地区にある元崇仁小学校ですが、僕のは小学校の方です。2月8日(土曜日)~11日(火曜日・祝日)

9時~17時(入場16時30分まで)入場無料です。よろしくお願いします。

 

(年々来場者数が減ってるグラフが学校に張り出してあるのですがのが見てて辛いので…)