建築学生、他人に分かる言葉で話せ、だってよ。②
約束の時間に遅れるやつの5割は留年している。
一日遅れですが、どうも芋焼酎です。
さて話は前回に引き続き、塾のアルバイトで考えることになった、他人に対してどう伝えるとより深く伝えられるか?「伝え方問題」の話。
ではこの1年で私なりにこの塾での経験を活かしてどのような結論に達したか。以前塾長に送ったメールをほぼ改変なしで。
…話は変わりますが、 ここで1年のバイトは自身の体験としても興味深いものでした。
中学二年生のYさんを例とした、 数学における文章問題において「何を聞かれているか分からない」 現象。
つまるところ読解力(国語力)の不足が原因だと言う話でしたが、 一朝一夕で身につくものではありません。
こういう子達とカテゴライズするのは良くないですが、 そういう子達に解法を『わかりやすく説明及び伝える』 のは難儀でした…。
そういった本来なら大人なら伝わるが、子供だと伝わらない( と思っていた)表現を自分自身が多用してしまうため、 子供が苦手な面がありました…(笑)
しかし、ある程度固定の生徒を指導していくと、 伝える側つまり私側にも問題があることを認識し始めました…。
まず、 相手側の年齢や知識に合わせて言葉を選択するのは前提として、
①日常で使うものやこと、言葉を交えて文字と図式で図解させること
→より難しいイメージを極力避けながら可視化させること。
②使う言語を体感や感性で分かるもの、学術性( ももちろん大事だけど) より経験的に納得できる言語を注意して選択し、伝えること。
が教える側にも大事なのではないかと思うようになりました…。
私が大学のゼミにいたときは、 ゼミ長がこのような伝える時において、 何が大事でどのようにすれば的確に伝えられるかを考えること・デザインすることを『 伝え方のデザイン』と総称していました。……
当たり前やんけ…!だけど、メールでは書き忘れた第3のこと、これを含めて完成。
③説明する側が一方的に図示するのではなく、説明を受ける側が意見する場合や確認する時にその図示されたものに書き込める余地や誘導が大事。
3番はシチュエーションが限られている気がするし、説明を受ける側がわざわざその図に書き込む姿勢が強いられるから、(塾とかの場合は特に)ある程度は相互に信頼関係が必要かと…。
もちろん議論の環境によってこれが当てはまる時、当てはまらない時は存在するけど、
物事は理論的に順序立て、組み立てて話す。そしてお互いが感覚的に分かるワードを使う。そして話す内容が複雑だと思えば面倒だが紙やホワイトボードに楽しく図示(絵)をお互いに描いていく。
そうすれば互いに身体的に、直感的に納得できるため、言葉を知っている知らないで議論が中断、モヤモヤする必要がない…。さらに聞き手が(はへ~???お前何言ってんの??自分でも絶対何言ってんのかわかってないでしょ(゜-゜))と考えちゃう退屈さが緩和され、話し手と聞き手に一体感が生まれる。
勉強不足といえばそこまでかもしれない、けどそれが必要な時かどうかは見定めていく必要がある。ましてや学んだ環境が違う人同士なら言語も違うし、より敏感になって配慮しなきゃいけない。悪く言えば他人が知らないワードを下手に多用すると、マウントをとっているように映る言い方になっているかも。
くそみたいな愚痴っぽいのはさておき、建築学生は①と②を頭の隅に置きながら、プレゼンテーションでいつもやっている複雑な情報をダイアグラムに変換する。それを日常でも取り込む。それだけ(でもないけど)。
次はまとめの回ということで…。ではバイばい。