大学2年の卒業設計日記

一番若い卒業設計と言われる5年生の高専の卒業設計。その一年前の現在から考えてる設計のほわほわした案をみなさんと一緒に学びつつ、(いろんな)刺激を受けたサイト・本・動画etc…をついでに紹介していきます。【不定期21時更新】

ぼくのけんちくは なに をやるの?①

おーーー久しぶりです。

更新できる精神的な環境下ではなかったので更新を止めていました。すみません…。

 

最近はそろそろ人生の分岐点になりそうな時期が近づいてきていて、面白くなってきている今日このごろ。

 

話を戻しますが私のけんちくはどうなんでしょう?

 

今現在の建築家はどうなんでしょうか?現建築家における存在はあまりにも世間から弱い…。そこには建築家の藤村龍二や嶋田洋平が唱えている、現在のビジネスモデル・システムから引き起こされる利益還元率の低さがある。

 

建築ビジネスの再構築が必要なのは明らかにある。まず第一に竣工後にその後の利益が貰えないこと。例えば竣工後に住みor使用し続けて不備が見つかったら賠償なり、なんなり負債を負うことになるのが建築家である。しかし後に安定した生活を送れる元となる建築家に対して利益がもたらされているでしょうか?

 

住居空間はその後に収益が発生が発生しないため良いとしても、ビジネスを行う建築に対して竣工後に建築家にも利益がもたらされないのはおかしくないでしょうか?

 

アノニマスの話にもなるんですが、建築家に対して作家性を求める需要と求めていない需要の双方がある中で、非作家的建築家は街づくりに対してコミットした建築を作り出します。それがある意味潤栄な利益(成功した場合にありますが)が働き、永続的なビジネスサイクルに組み込まれているはずなのです。

 

それは自分の作家性を抑える欲求に打ち勝ち、質の高いアグレッシブな取り組みで外部の街づくりにも反映させているのにもかかわらず大衆・官僚等の価値観があまりにも低い…。

 

話がよく分からない方向へ行ってしまいましたが、何が言いたいかというと建築家とビジネスモデルとの結びつきのイメージが余りにも外部からの印象が薄い。

 

建築界隈でもデザイン思考や建築プロポーションの主要論から始まる人間に及ぼす作用等の人間操作的建築マンは社会ビジネスモデルをないがしろする傾向があります。

 

外部からも建築やデザインにおける社会との連動制が必要になりつつあると認識してほしいというのがあります。市場派という存在の認知というところでしょうか?(建築デザイン系統のお金儲けの認可(?)、職的シンボルからの脱出、拡張)

 

ちょっと長くなるのでここで終わります…。続きは三日後ぐらいに出します。